カルチャーデザイナー キム・ジニ先生を紹介します。

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カルチャーデザイナー インタビュー — ドンリョ生涯学校 キム・ジニ先生
お年寄りと共に歩む旅人 キム・ジニ先生


 

社団法人ドンリョ生涯学校。「ドンリョ」という言葉には、共に歩む旅人という意味が込められている。この学校で9年間ボランティアを続けるキム・ジニ先生にお話を伺った。キム先生は、小学生時代に学校の先生と日記帳を通して会話するのが一番楽しかったと言う。また美味しい食べ物があれば、先生に食べさせてあげたいと器に盛って、済州・南元の海岸を歩いて持って行く、そんな子供だった。そのような温かい心をもって現在は、子供たちだけでなく、お年寄りたちの良い先生にもなった。

ドンリョ生涯学校は1975年に夜間学校として開校した。初めは空き地にテントを立てて大学生たちの協力により始まり、現在まで約3,000人の地域住民が通った。同校は、ボランティアの先生たちの協力と1カ月5,000ウォンずつの支援などをもとに、お年寄りや青少年のためのプログラムを運営している。

 

キム先生は、済州教育大学の生涯教育院で行われている口演童話指導者養成過程の実習を通じて「ドンリョ」を知った。初めは口演童話家、次に国語の先生、そして現在は歴史の先生として、これまで9年間お年寄りたちの学習をサポートしてきた。同校で過ごした時間が長いためか、たくさんのお話を伺うことができた。

同校に通うお年寄りたちは、幼い頃学校に通うことができなかった方たちだ。今からでも学校に通うため、あるいは文字を習うために同校に通っている。ところが多くのお年寄りは、幼い頃小学校に通うことができなかったため文字の読み書きができず、このことを周囲に知られたくないためこっそり通うこともある。しかし、彼らの情熱は若い学生たちに決して劣らない。

 

 

キム先生はそんなお年寄りたちの情熱に支えられ、様々な活動を行っている。毎年同校では、「太陽になれないならせめて灯火になろう!」というスローガンのもと学芸会を開いており、ある時済州の方言で演劇を上演したことがあった。 お年寄りたちの演劇は、人為的に作られたものではなく、彼らの人生をそのまま表現したものだったので、他のどんな演劇よりも感動的だった。

また、教育庁から提供される大人用の教科書では、ハングルを学ぶのに不十分であると感じ、同僚の先生と共に直接教材を作ったこともあった。2009年に作られたその教科書は、現在でもお年寄りのハングル学習に役立てられている。

 

キム先生が担当するクラスでは、小学校時代のように日記を書く宿題も出される。今やっとハングルを学び始めた彼らが書く文字は、小学生のようにたどたどしい。しかし、そこには彼らの生活がそのまま記されている。 過去の苦労、成長した子供たちの話、夫との思い出など、涙なくしては読めない日記もあった。幼い頃、日記帳を通して先生と会話するのが大好きだったキム先生は、現在、お年寄りたちと再び日記帳を通して会話をしている。そして日記を読みながら、先入観を無くして彼らの人生について学んでいる。

キム先生は幼い頃の祖母との思い出のおかげで、お年寄りたちと仲良くなれるそうだ。先生は祖母といつも一緒に物売りに出たり、みかん畑に傷物のみかんを拾いに行ったりもして、二人は「最高の相棒」だった。祖母は、寒ければかまどで火を焚いて家の中を暖め、本を読むことが好きな先生のために毎晩ロウソクをつけてくれたそうだ。そんな温かい思い出が先生を温かい人に育てたのだ。

 

 

現在キム先生は、野菜作りに関心を持ち野菜や果物を小さな畑で栽培している。そのため最近では、先生がお年寄りから野菜の作り方を学んでいる。人生を共に歩んでいく彼らは、お互いに相手の先生になってあげているのだ。

 

記事作成日: 2016年 11月 10日(取材日: 2016年 11月 6日)
カルチャーリポーター: カン・ジヒ