[インタビュー] 「いしのまき学校」の加納実久さん

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多様な文化のそれぞれに、生活についての数々の洞察と知恵が込められている。生活を豊かにしてくれるそうした知恵がもっと広く知られ、もっと多くの人々に共有され、豊かなインスピレーションになるように手助けする「知恵の分かち合い、カルチャートーク C!talk」。情熱と知恵にあふれる貴重な話、文化が孕む豊かな経験と有益な知恵を分かちあう活動が、C!talkを通じて、毎月または隔月に、オンラインで展開されている。

今回は「BEYOND TEXTBOOKS」をテーマに、6カ国の参加者に創意に富んだ体験談を披露してもらって、全員がそれらを共有することができた。その中から「いしのまき学校」チューターの加納実久さんにインタビューした。

  

──まずは、加納さんが関わっておられるプロジェクトの目的や概要を改めてお伺いできますでしょうか。

宮城県石巻市で、ISHINOMAKI2.0という団体の事業の一環として、「いしのまき学校」という教育プログラムを行っています。

主に三つのプログラムを提供しており、一つ目が「LEARN」というプログラムです。高校を卒業するまでに、誰もが進学か就職かの進路を決めなければなりません。ところが、その選択の参考になるような大人があまりいません。高校を卒業するまでに出会える大人って、自分の両親と学校の先生くらいなのです。もちろん、すごく社交的な子であれば、もう少しいろんな大人に出会えるかも知れませんが、ともかく、将来を決める参考にするには、余りにも限られた大人との出会いしかありません。

ところが、石巻は2011年の東日本大震災で大きな被害を受けてから、それまでよりも多様な人たちが入ってきて、仕事の多様性が広がっている場所です。そこでそうした大人の仕事現場に行ったり、あるいは逆に、大人に来てもらって、その人たちの仕事や地域について話してもらうことで、若者は自分の将来の可能性が多様に開けたり、こんな人になりたいといったロールモデルとの出会いもあったり、その反対に、こんな人にはなりたくないという反面教師的な出会いもあったりします。いろんな大人と出会って自分の将来を考えるきっかけにもなっているのです。高校生は一般に、通学や習い事と家の往復ばかりで、地元について驚くほどに知らないのです。そこで、出会いとか知るきっかけ作りみたいなことをしているのが、一つ目の LEARNというプログラムなのです。

その次が、「PLAY」 というプログラムで、いろんなことにチャレンジしている大人と出会う中で、自分でも出来そうなことを考えてもらいます。ファッションショーをする子がいたり、ミュージアムの壁をスクリーンにしてプロジェクションマッピングで町の人と一緒にゲームをしてみたり・・・町の商店街には素敵なお店がいろいろあっても、若い子はなかなか行かないお店に「食べ歩きツアー」みたいなことをして、お店の人と出会って面白かった体験をシェアするようなイベントを企画するような子もいたり。子供たちがやりたい事、あるいは、今後はこうなってほしいと思ったりしていることを実現するお手伝いをしています。

でも、それで楽しかっただけで終わられては困るので、それを高校卒業後に実際に、どのようなキャリアにしていきたいかを考えるなど、レベルアップする三つ目のプログラムも提供しています。

 

──そのプロジェクトのきっかけはだったのでしょうか

東日本大震災が2011年に起こって、多くの人たちが避難所に移ったりと大変な状況のなかで、それでも復興のため、自分の生活をちょっとでも元に戻すために頑張ってる姿を見て、子供たち、特に中学生や高校生の中には、自分たちも何かできないかと思う子たちがたくさんいたのです。でも、そんな思いがあっても、大人からは「そんな無理しなくていいよ」といったように、押さえつけられてしまって、せっかくの思いが行先がないままに止まってしまっていたのです。

そんな状況で、私の職場である ISHINOMAKI2.0という団体は、20代30代の大人だけで活動していたのですが、20年後30年後を考えると、将来をつくっていく今の10代の若者に頑張ってもらわないといけないので、今から仲間になってもらおうと考えたのです。一般には高校を卒業したら石巻を離れてしまって帰ってこない。でも、これからの石巻という町をつくっていくにあたって、特に震災というとても大変なことを経ながらも地元で育ち将来をつくっていく世代に関わってもらわなきゃいけないと・・・何かしたいという気持ちと、その人たちを仲間に入れたいという気持ちとがうまくマッチして、彼らのやりたいことを応援しようということで、2013年にプログラムを開始しました。

 

──いしのまき学校」における最も大きな課題は何だと感じておられますか。

2013年からこのプログラムをやってきて、ずっと難しいと思ってきたのは、おそらく石巻に限らないのでしょうが、高校生たちが忙しすぎることです。学校行って、習い事に行って、家に帰ってくると次の日の宿題してといったように、すごく忙しくて、自分の通学路や、自分の地元について考える余裕がないんです。

勉強でいい成績取っていい学校に行っていい会社に就職するというような考え方が一般的だし、もちろんそれも大事だけども、今まで何となくなされてきたけど、改めて、言葉としてそれがきちんと認識されて、それをやりたいとか、それに時間を割くような子供を見つけたり、育てたりするのがなかなか難しくて・・・特に震災から年月が経つにつれて元の日常に少しは戻ってしまって、震災があったから地元に何かしたいという思いというのもやはり減ってきて、田舎だからとりあえず高校を出たら都会である仙台とか東京に行きたいという声が多くなってきて・・・未来の石巻を一緒につくってくれる仲間を増やすきっかけ、関心がゼロのところから、最初は1などとは言わず、0.1とか0.2とか高望みしないようにはしているのですが、きっかけ作りにはちょっと苦戦を強いられています。

 

──この活動をされてきたでよかった事、そして、今後の計画をお教えください

約4年間、このプログラムをやってきて、よかった瞬間はいっぱいあるんですが…もちろん子供たちの成長もありますが、それ以上に子供たちが町の中でイベントを成し遂げたり、自分の地域に対して、「こうだよね」とか「こうなったらいいなあ」みたいなことを大人に対して言ったときに、大人が「あ、高校生ってこんなにすごいんだ」と思うような場面がいろいろとあって、それによって今度は大人が頑張らなくちゃと、背筋を伸ばしたり、背中を押されるというような循環が、徐々に出来上がってきていて・・・世代とか立場というものが結構強く考えられてしまうこともあるけれども、その上下とか優劣ではなく、その立場、たとえば高校生という経験は少ないけれども新鮮な目を持ち、いろんな角度からモノを言える子供たちと、ずっと町をみてきて自分のする事に対してプロフェッショナルな大人たちとが、違いを生かして「だったらこうしたらいいじゃん」とか、「これまでこうやってきたんだからこれはどうかな」のように刺激し合って、地域の色をずっと同じものじゃなく変えていくような・・・人によってそれは変わるものだし、創っていくような・・・田舎だからこんなもんだろうみたいな話ではなくて、好き嫌いも、まずはちゃんと知ってから、そのきっかけをつくって、各人が地元を創っていくような流れを石巻では続けていきたい。

震災がきっかけで「いしのまき学校」というプログラムが始まりましたが、他の地域でも使えるもの、国を越えても地域を越えても同じことが言えるんじゃないかなって思っているので、将来は私自身の地元で、自分の高校の後輩たちとかに自分が高校時代に得たかったり、あったらよかったなと思っていた機会を創っていくようなことをして、そういう流れが全国いろんなところに増えればいいなと、思っています。

 

──活動されている地域は、当時はすごく危険なところとみなされていて、一般の人々はその地域を訪れることにも迷いがあったと聞いております。加納さんはすごく勇敢な行動をなさったのですが、迷いはなかったのでしょうか?

宮城県、そしてその都市である石巻というところに、気づいてみれば、既に4年も住んでいるのですが、6年前の2011年の4月に初めて宮城県に足を踏み入れました。学生でボランティアをする時間があったので、何かできないかと思ってお邪魔したのが最初でした。

最初にボランティアで行くときは、何も知らない宮城で、しかも当時は余震も続いていたし、原発も問題だったし・・・でも、何かできないかなという思いで行って、ボランティアをさせてもらって・・・そして出会った人たちが自分にとってはすごく魅力的で、ボランティアできたはずなのに、逆にこの人たちと一緒にいたら何か学べるんじゃないかなっていうふうに思って、何回も通ってるうちに、「よし!転職して引っ越しだ」と4年前に移住と転職をして宮城の人になりました。

今でこそ、余震もそれほどではなくなったし、宮城の食べ物とかに関してもいろんな計測で安全な数字は出ているけれども、自分が学生時代にいた東京や、自分の実家がある地域のようにここから遠く離れた場所で話を聞くと、「そのエリアは大丈夫なの」と今でも言われてます。でも、日本国内のどこでも震災が起きる可能性はあるし、同じ規模の震災が起きたときに、東京だったら私はサバイブできないと思うんです。周りの人を全然知らないから。それに対して、宮城の人たちにはもともとコミュニティがあるし、さらにあの震災を潜り抜けたというか、ちゃんと経験を糧にしている人たちが住んでいる地域なので、その学びがちゃんと生かされていれば、安全性が逆に保たれるという安心感があるんです。東京の全然知らない人だけのところでもし被災したらどうしようという恐怖と比べればはるかに気楽です。

6年経って町がどんどん復興していて、建物に関しても人の気持ちも含めて、震災前よりよくなっていることもいっぱいあるので、そこをちゃんと伝えてより多くの人に安心して来てもらえる地域になったらいいなと思います。

 

いしのまき学校」の公式HPはこちらhttp://school.ishinomaki2.com/