2つのキーワード「子どもたち」と「遊び場」を媒介して、その二人が出会う。

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ドイツ人Günter Beltzigと韓国人ピョン・ヘムンの共通点は何だろうか?


6月21日、ワールドカルチャーオープンコリアのBetter Togetherの6月のイベント「遊び場で会おう」の主人公は、次の二人である。自らを気楽にギュンターと呼んでもらいたいというドイツ人デザイナーは、今年で八十歳にもなるのだが、気持ちは全くの子どものように屈託がない。彼は若かりし頃には家具デザインを専門として、作品がニューヨーク現代美術館などに所蔵されているほどの、インダストリアルデザイナーで、ドイツの家電メーカーであるシーメンスで製品設計を担当していたが、そんな人が今ではなんと、遊び場を作っている。ヨーロッパの5月革命を経験した彼は「私は世界を変えることができなかったが、多くの子どもたちに、より良い遊びの可能性を創ってあげることはできた」と考えている。

ピョン・ヘムンは「子どもは遊ぶためにこの世に生まれてきた」と考えている。子どもの頃はソウル舎堂洞の丘に這いつくばるように並んだ貧民街で過ごした。その辺りも今では、4号線と2号線が交差して果川へ通じる交通の要衝になっているが、彼の記憶のなかの舎堂洞は、丘に張り巡らされた路地で遊ぶ子どもたちの姿以外の何物でもない。特別な道具なんかなくても、実に楽しく遊んでいた。そんな記憶があるからこそ、大人になった彼に「奇跡の遊び場」総括ディレクターという職責が舞い込むことになった。

今回のイベントは、ギュンターのドローイングスケッチ作品と、ピョン・ヘムンが約10年にわたってアジアと中東を回って撮影した子どもたちの生活と遊びの写真の展示でスタートした。続いて、ワールドカルチャーオープンコリアのシェア空間であるトーキングスプーンで、二人の作家と観客との対話の時間が繰り広げられた。初対面の席でピョンさんはギュンターさんに「デザイナーとは何か」を質問したという。

それに対してギュンターさんは「デザイナーは、世界を変える人である」ときっぱりと一言で答えた。ピョンさんにとってギュンターさんはたちまちのうちに友だちのような師匠になった。彼が中東地域で写真を撮っていた頃には、今のように危険な状況ではなかったが、そんな写真に写る子どもたちのことを心配しながら、彼は韓国の子どもたちを取り巻く環境についても語った。「世界はゆっくりと少しずつ変わっていくものです。今も、少しずつ」。この最後の一言には、長年に亘る活動家としての彼の知恵と忍耐が感じられる。

ギュンターが話す番になった。聴衆に近づいていき、全身を使ってのその話は、遊び場について彼の哲学とでも言えるものだった。

「遊びとは、自ら進んで学ぶ過程そのものなのです。本当は遊び場なんて子どもより大人にこそ必要なものではないでしょうか。子どもというものは、自分で遊び場を創り出していくのですから。遊ぶことそのものが学習のプロセスであって、創造性を養い、自我を探す過程なのです。遊び場は、社会的接触の空間です。人と出会い、視線と視線とが交わされる空間です。ですから、大人は大人同士、子どもは子ども同士、放っておけば、勝手に遊ぶものなのです」

彼の話を聞いた後で改めてドローイングを見ると、それは今やただの紙の上のスケッチなんかではなく、ギュンターの夢と子どもたちが創り上げた立体的な空間にすっかり変わって見えた。