「京大カレー部  スパイス活動」

6. 서평 교토부카레부 표지사진

イエローカラーの表紙に、楽しくカラフルなイラストと写真が満載のこの一冊。パラパラと捲っただけでも、カレーに関して、また個性あるカレー料理店のあれやこれやの情報を、読者は楽しみながら目にすることができる。本というよりも、お守りに持っておきたい宝箱のようだ。

しかし、読んでみると、それだけではない。これは富山、京都から始まって、インドへとまたがる、著者の青春奮闘記であり、彼女がいろんな人たちと出会うなかで、自己表現しつつ世界を広げていく、青春の旅路そのものなのである。

富山生まれの楓さんが中学生のときだった。女子ばかりの学校で、厳格な校風に息苦しい日々を送っていた彼女は、たまたま大阪で、あるインドカレー店に入る。そこで食べた一杯のカレー。それに大きな衝撃を受ける。こんなに美味いもの、わけの分からないこの旨味が、いったいどこからくるのか、どうやってできるのか。この謎に魅せられる。その謎は、閉塞感を覚えていた楓さんの心に、確かな明かりを灯したのであろう。その明かりに導かれて、カレーの森を彷徨い歩く著者の日々が始まる。

そもそも彼女の住む富山県は、中古車業を営むパキスタン人が多く住み、パキスタンカレーの店がたくさんある。それを知った高校生の楓さんは、それらを訪ね歩くのだが、そのかたわら、こんなカレーを生み出した人々はいったい何を考えて生きてるんだろう、という思いを強くする。そしてインド哲学を学ぼうと、京大文学部に入る。そこで「京大カレー部」なるものがあると知り、即入部。

大学のカレー部といえば、活動といっても大学祭の出店くらいで、あとはオタク的知識と趣味を楽しむ程度、と思いがちだが、カレー部楓さんの活動はそれを大きく超える。出店も、地元県内にとどまらず、どこへなりと地方遠征する。秘境の地にも赴く。あるところへ行けば、一日じゅうその地を歩きまわる。田畑や直売所、酒蔵などを巡って、人々と出会い、そこで生育し採取される食材と出会う。そうして拵えたカレーを、人々に食してもらう。
例えば、奈良の山間部にある宇陀市。シカやイノシシによる被害をどうするか、その対策に頭を痛めている地域で、そこを訪れた著者は、ある人と出会う。その人が経営する会社は、シカやイノシシなど害獣の加工肉の商品開発を進めており、それによって地域の雇用創出にも貢献している。

宇陀の山々を駆け回っていたであろうこのシカを美味しく、カレーに炊き上げたいと思った。

こうしてご当地ならではの「宇陀カリー」ができ、これを地元の人々に味わってもらうことになる。

さて。いよいよ。
国境を越えて、いざインドへ。
カレーの故郷、スパイスの宝庫への大遠征が始まる。
インドの大地、自然、人々、そこで育まれてきた食文化を堪能する旅が。
ヨーロッパはインド航路により、インド及びその周辺に生育する驚くべきパワー(味覚、保存力、治癒力)を持つスパイスたちを、大々的に持ち込んだ。そのおかげで、肉食中心のヨーロッパの食文化、食生活は大きく進展した。このスパイスこそが、インド料理、カレー料理といわれるものの本源である。そのスパイスの話はもとより、いろんな地での食材や食事のあれこれの体験談。豊富な写真。読み手はそれらを楽しみながら、同時に自分が浸かっている食文化、食生活を振り返ることにもなる。

スパイスとは商品ではなく、目の前の自然をどう活用するかという生活の知恵なのだ。(・・・・・)
スパイスとは、もとはただ目の前に生きている植物でしかないのだということを思い知らされるのだ。目の前に広がる自然のどの部分をどう日常に取り入れていくか。私たちの食を豊かにしてくれている「スパイス」文化を育んだ、偉大なる先人たちに敬意を表したい。

これは、スパイスのみならず、私たちが口にするものすべてに当てはまる。
ちなみに以前、「今の子供は、魚が切り身で泳いでいると思っている」との話が取り沙汰された。これはまさに今の私たちの食生活全般に通じることである。家庭では魚を捌くことも稀になってきている。家畜を家庭で処理するなど、日本の都市部では皆無だし、屠殺工場で処理されることなど、頭から消し去っている。そもそも家畜がどんな風に飼育されているのか、本当のところは知らない。野菜もそうだ。土や泥臭さとは無縁の商品としてしか目にすることはない。何もかもが、綺麗に処理され、パック詰め・缶詰め・ビン詰めになっている。我が家の冷蔵庫も、そういうもので溢れている。

たまたま夜明け前のラジオで、ある著名な「農民作家」さん(ご本人は、自分は百姓であって、作家ではない、と言っておられた)のお話を耳にした。その中に、「泳ぐ切り身の魚」と似た話があったーーーある人から電話がかかってきた。用件は、その作家さんの作っている蜜柑を買いたいというのである。そこで答えた。「まだ九月なので、みかんのお尻の先っぽしか黄色くなっていなくて、まだ青いですが」。すると電話の向こうから「ええっ!」と驚きの声が返ってきた。「蜜柑て・・・初めから黄色いんじゃないんですか?」
さて、この本に立ち返って、「卒業宣言」と題された、後書きの最後のページを読んでみよう。

学生は、いつか、社会に出る運命にある。そろそろ私も、学生ならではの社会勉強は卒業しなければならない。カレーが教えてくれたことは、この世界はそんなに悪い場所じゃないということだ。私は食材を引き立てるスパイスたちのように、この社会に貢献できる人間になりたい。自分の本業で、真に価値を生み出せる社会人になりたいのだ。
私は、今日をもって京大カレー部を卒業する。自分の道で社会のスパイスとなるために。

楓さんのスパイスは、今どこで、どんな働きを始めているか、これから先どうその旨味を増していくか、ひとりの読者として、私は楽しく思いを馳せている。