私にだってできるささやかな国際交流―しばらく一緒に暮らした留学生たちは私の子供たち!

부부

私が住んでいる別府市は日本一の源泉数、温泉の湧出量を誇る観光温泉都市で、10種類あるとされる泉質のうちの7種類がそろっているほどです。平成13年(2001年)3月のNHK「21世紀に残したい日本の風景」でも「別府の湯けむり」が全国で2位に選ばれました。

別府市には、別府大学、別府溝部短期大学の二つの大学しかありませんでしたが、平成12年(2000年)4月には立命館アジア太平洋大学(APU)が開学しました。そしてそれを契機に、世界各国から多くの留学生がやって来て、市内で生活するようになりました。もちろん、開学当時は文化の違い等により、市民との交流もうまくいかず、問題もいろいろ発生しました。しかし、それから既に20年近い年月が経ちました。留学生の受け入れ態勢も整備され、市民たちの留学生歓迎、さらには一緒に暮らす気持ちも随分と自然なものになっています。

現在では、約12万の人口に対し、世界86の国・地域から約3000名の留学生が在籍しています。学生数を国・地域別で見ると、大韓民国、ベトナム社会主義共和国、中華人民共和国、インドネシア共和国、タイ王国の順となっています。

私がオーナーであるアパートにタイの学生さんたちが入居してきたのは、今から5、6年前のことでした。市内には「まちづくり団体」が数多くあり、それぞれのやり方で活動し、市民と外国人との異文化交流等も行っています。それを見て、私自身も、母国から遠く離れた日本で生活する学生たちに少しでも不自由なく安心して生活してもらえるように、サポートしてあげたいと思いました。

学生たちの方でも最近は、インターネットで世界各国の文化などを検索し、事前に日本そして別府のことなども調べてから、やってきます。ですから、実際に話を交わしてみると、日本人でも知らないことを留学生が知っていることに、驚くことが多いほどです。

留学生たちが少しでも気楽に、日本の祭り(学生が生活している地元の祭り)に参加して、存分に体験できたら、喜んでもらえるのではと思い立ち、浴衣を用意して、花火大会にも浴衣を着て参加してもらうなど、夏を満喫してもらうようにしました。

留学生たちは浴衣の柄も自分で選んで、その分だけ嬉しさも増し、みんなよく似合っています。髪飾りも浴衣にあうように手作りしています。

また同じ建物で一緒に生活しているだけでなく、出身国が同じであっても、何かと忙しくて全員が集まる機会がなかなかないので、歓迎会や卒業時のお別れ会を開いて、学生間の交流ができるように努めています。

一昨年には留学生の方からクリスマスパーティの提案があり、それを幸いとクリスマスパーティを開くことにしました。学生たちがタイのお菓子やタイ料理を手作りで用意してくれて、私のほうではちらし寿司をつくり、みんなで楽しい時間を過ごしました。

おでんパーティをした時には、10数種類の材料を15人分も大量に煮込むのが大変でした。その為に、各人に鍋のところまでおでんを取りに行ってもらう形になって、パーティではなく、まるで学食のようなことになりましたが、それなりに和気あいあいと楽しい時間を過ごしました。

また、学生からタイカレーや、タイのお菓子の作り方などを教えてもらうこともあります。先月の食事会には、たこ焼き、お好み焼き、ソーメンを用意して、各自が食べたいものを自分で作って食べる「体験型」にしました。

出会いは別れの始まりと言いますが、毎年、卒業シーズンになると、「お父さん、お母さん」と呼んで親しんでくれていた留学生たち、つまり「私の子供たち」が離れていき、とても寂しくなります。長い月日を一緒に過ごしているうちに、本当に「自分の子供たち」のように思えるようになるものなのです。

卒業した子供たちは広い世界に羽ばたき、各分野で活躍しています。別府で過ごした思い出がいつまでも子供たちと私たちをつないでいて、今でも連絡をくれたり、「第二の故郷」とか「第二の家」と呼んでくれて、里帰り、つまり、我が家を訪問してくれます。

私にできることはささやかなことにすぎませんが、これからも多くの国、地域の方々との交流を続けていきたいと思っています。

国際交流というのは、ひょっとして、こんな市民のささやかな営みから積み上げていくものではないかと、思ったりもして、やりがいもあるし、責任を感じたりもしますが、何よりも楽しくて、私の人生の一部になっているのです。ありがたいことだと思っています。今後も、そんなささやかでも地道な交流を続けていければいいなあとつくづく思います。