『漫画のすごい思想』 四方田犬彦 著

6. 서평 만화의 대단한 사상

「漫画なんか・・・」は、もう昔のことだ。
 いわゆるサブカルチャーが、この高度消費社会の中で、カルチャーの前面に躍り出て、久しい。漫画もしかりである。人気漫画を原作とした映画製作も盛んに行われているし、その興行的成功はかたい。映画界でも小説を押しのけんばかりの勢いだ。

この漫画文化は、国内にとどまることなく、世界をも席巻している。「MANGA」が世界語となって、ほぼ二十年が経つ。その間、漫画評論も多く出ている。
本書の著者、四方田犬彦氏は、周知のように映画評を中心に多岐に渉って意欲的な仕事をしているが、漫画評論もいくつか出しており、本書は著者によると、そのひとつ『日本の漫画への感謝』の続編にあたるという。
以下、まずプロローグに目を通してみよう。

さて、先述の漫画の隆盛、その起点を、著者は1968年、彼が15才の時に置く。アメリカの北爆、パリの学生の「五月革命」、ビートルズ等々、激動の世界を目の当たりにして、当時の青年層は自身のあり方にも強い懐疑と異議を抱くようになる。日本社会は政治のみならず、文化的・思想的にも大きく変動し、漫画もそこで急速な変身を始めた。

まず、白土三平の『カムイ伝』を掲載するために創刊された月刊誌『ガロ』。その後ここから新世代の漫画家が多く輩出する。また、その一年前には都会的な『COM』が出た。商業誌でも、子供向けではなく青年層を対象にした漫画雑誌が次々と刊行される。作家たちはこうした上げ潮に乗り、既成の漫画を大きく変える実験的な試みや過激な問題作をどんどん発表し、未知の領域に挑んでいった。子供のための「物語玩具」にすぎなかった漫画が、青年にとって大きな意味と力を持つメデイアへと成長していった。

本書は、このような漫画の成長・発展を踏まえて、その時期に人生の多くを過ごした著者が、「生涯に二度とありえないような真摯な感情を抱きながら読みふけった漫画についての、ささやかな証言」を書き記したものである。

本編は漫画家29人の列伝となっている。
プロローグを読んだだけでも、著者の漫画への思い入れには並々ならぬものがあると分かるのだが、彼ら29人のひとりひとりに、実に拘りのある愛情が注がれている。

残念ながら、私は漫画の良い読者ではない。馴染みがあるのは、つげ義春、タイガー立石、赤瀬川源平、手塚治虫、バロン吉元と五人のみ。だが、どの漫画家の仕事にも、豊かな読みを呈示してくれるので、面白く読んだ。各人が、先輩や同時代の同業者たちの中で、自分の立ち位置をどこに置こうとしたのか、その苦闘と作風の特質を、実際のコマ漫画を見せながら端的に示してくれる。作品や作家に親しんでいる読者なら、多くの発見や異論があって、さらに興味深いのではないか。

 今さら言うまでもないことだが、漫画は「画」と言われながら色彩を持たない。白い紙と黒い線しかない。マチエールとしては極貧の世界だ。そこに作家が命を削って、驚くべき情熱を刻み込む。人を「アッ!」と言わせる世界を体現してみせる。

ナンセンス漫画の筆頭とされる、タイガー立石を覗いてみよう。(覗くといっても、漫画を文字言語に翻訳することしかできないのだが)。
彼の『コンニャロ商会』は、日本のスラプステイック(どたばた喜劇)漫画の奔りとされる画期的なものだが、その十数年後に出た『虎の巻』(81編からなる短編集)を、著者は主に取り上げている。

―――月面のようなものがあり、そこに地割れが走り、外皮が割れ落ちる。中からミカンのようなものが姿を現し、それがクシ型にばらばらに割れる。と、それがみな三日月になって空に浮かんでいる。その空の下、一本のミカンの木の根元で、道士がひとり眠り込んでいる。そばには剥いたミカンの皮がいくつも転がっている。

―――四阿(あずまや)が縦横にぎっしり並んでいる。どの四阿の中にも僧侶がひとり座して黙想している。が、ある四阿の僧侶が「カーッ」と叫び声をあげる。次のコマでは、視点が大きく後退し、四阿の群れはヒマワリの花芯になっている。僧侶の叫び声は、一粒の種から飛んでいるのだ。

―――洞窟で、修業中の二人の弟子が、燭台に手をかざし、壁に大きな影を映しだして操っている。が、その影たちが自立して二匹の狼となり、弟子たちを追いかける。この世で実体と見えるものが、実は一筆書きの線からなっているにすぎないことを知った弟子たち。彼らの目の前を、ある日牛を連れた農夫が通りかかると、その牛を獰猛な恐竜に変えてみせる。

ほんの一端を見るだけでも、『虎の巻』のよって立つところは窺い知れる。極大と極小が、裏と表が、互いを含みこむメビウスの輪。あの故事<胡蝶の夢>も、夢と現実のメビウスだった。万物は絶対ではない。すべては陥没・隆起、結合・分裂を巡り巡る。著者は言う。

虎とは変化の象徴であり、絶えず変化してやまない森羅万象の換喩である。

そもそもアジアでは古来、凶暴だが愛嬌ある虎が民話でおおいに活躍してきた。思いがけない変貌を見せる、ユーモラスな生き物として。著者は言う。

『虎の巻』の根底にある理念とは、宇宙に存在するすべての事象は、紙という二次元平面の表層において生起する出来ごとにすぎないという哲学である。

なんと愉快な世界だろう。畏るべし、紙と線。