京都で日中韓文化交流を!「アジア回廊 現代美術展」開幕!

작품5

日本・中国・韓国の各国で毎年、それぞれ一都市をアジア文化都市に選び、、音楽や美術などで文化交流を図る「東アジア文化都市」。今年の日本では京都が選ばれ、美術部門の「アジア回廊 現代美術展」が二条城と京都芸術センター(同市中京区)の2会場で開幕した。国際的な前衛芸術家として知られる日本の草間彌生さんや韓国を代表する現代芸術家のチェ・ジョンファさんを含めて3カ国25組のアーティストが約30点の作品を出品している。
その初日の昼下がり、二条城に足を運んだ。出かけるにあたっては、折角の機会なのだからと2会場をはしごするつもりだったが、二条城の野外展示を回るうちに、それは諦めた。この灼熱の中を無理して一気に回ろうとでもすれば、集中力どころか体力がもちそうにない。そして幸いにもその予定変更のおかげで、急ぎ足の展示巡りでは味わえない感慨が少なからずあった。文化も多様で、息せき切ってこそ真価を体験できるようなジャンルもあるだろうが、スピードを抑制して静かに対面してこそのジャンルもある。今回の展示は後者に属する。眼を凝らし、息をひそめて、全身で感じるべきオブジェと空間、つまり現代の美術用語で言えば、インスタレーションの数々!
二条城では野外展示と屋内展示とがあって、前者は無料ゾーン、後者は有料ゾーンにある。そこで先ずはお手並み拝見というわけで、二条城の入城料だけ払えば観覧可能な無料ゾーンを歩いて回った。つまり二条城の外周と天守閣跡を一周したわけである。

 

人があまり通りそうにない側道の隅に、動物の巨大な排泄物を思わせる色合いと形と質感のオブジェが無造作に配置されている。その上には人間の靴跡が彫り刻まれ、近くの標示板には中国のヘ・シャンユ作「城」(2017)と記されている。観光客が通りそうにない小道に置かれているのは、客たちの安全を期してのことなのか、或いはそれらオブジェを守るためなのか定かではない。しかしともかく、人目に触れにくいところに、つつましく置かれていることだけでも、僕の趣味にあっている。
それに、糞を思わず踏んでしまった際のあのなんとも言えない感じはしっかりと思い浮かべた。そのオブジェの意味は何か、タイトルの意味は何かなどと深刻に考え出すと一歩も前に進めないから、そんなことはしないが、それが排泄(物)と人間、そして思考との関係にまつわる何ものかなのだろう。その程度でも、美術展だからとついつい身構えてしまう門外漢のこわばりは解けた。糞をかたどった作品に感謝。
とは言え、今回の展覧会への出品を示す旗と表示(作者名とタイトルなど)を見逃したら、それを現代美術の作品と認識する人などいそうにない。現にそのあたりを次々と通り過ぎていく観光客の中で、その作品に目をとめるような奇特な人は見当たらなかった。しかし、それでいいのかもしれない。作者はそうした事態まで予め織り込み済みなのではなかろうか、何となくそう思った途端に、そうか、「城」とは二条城であり、糞は糞らしく自らを誇示することなく、つつましく、そしてむしろ城の存在感を強化する一方で、それに微かなノイズを醸し出す。そんなことを意図した作品なのではないか・・・今回の展示はそうした意味で、どこに置いても固有の意味を備えるオブジェと言うより、ある場所、時空にあってこそ、その場と共に真価を発揮するインスタレーションと呼ばれるジャンルなのだと、遅まきながらに気づいた。
そのつつましい作品とは正反対に、この二条城のシックな雰囲気を破壊して自己顕示しているような作品があった。僕には蓮の花のように見えたのだが、ともかく巨大な花を形どり、周囲の白と黒と緑の調和をかき乱す極彩色の花びらが、閉じたり開いたりまでして、なんとも猥雑な感じなのである。韓国のチェ・ジョンファ作「呼吸する花・808の漢字」(2016)である。花びらに日中韓に共通する808の漢字が書かれていて、このイベントの趣旨を具現しているのだろうが、僕個人としては、この種のものは苦手である。ただし、それも作者が予め意図した反応なのかもしれない。凡人の保守的感性への挑戦なのだろう。

巨大な石垣の横の庭園に置かれたソファらしきものの随所に、さらにはまた、石垣の隙間にまで古着などが挟み込まれた作品があった。日本の花岡伸宏作「無題(石垣、鉛筆、詰め込み)」である。その作品のお守り役をしていた若い女性スタッフが言うには、「この作者はなんにでもものを挟み込むのが好きらしくて・・・」。僕はその古着の堆積を見た時にはあまりいい気分はしなかった。しかし、距離をおいて、その庭と石垣を視野に入れてそのなんでもない古着の堆積を見たとき、そこが二条城だからこそのものだと合点がいった。古着の無造作な堆積は日常空間であれば、誰一人喜ぶ人はいないだろう。ところがそれが、念入りな手入れがなされた開放的な緑の空間、そしてどっしりとした石垣の横では、全く別の意味が生成される。この場は何だって受容して、それを何か存在価値を備えたものに昇華させる力を秘めている。「場の力」が展示されており、まさにインスタレーションである。

天守閣広場の下のお堀の水面には、無数のガラス玉が光っていた。三嶋りつ恵作「光はいつでもそこにある」〈2017〉である。庭とお堀と風と光、その調和と変化、アジア回廊の意味が開示されてくる。
以上のように、庭園、木陰、お堀の水面、そして路の随所に多様な作品展示があり、まさに現代芸術の回廊なのだが、何よりも印象的だったのは、それらの展示のおかげで、二条城の庭、路、建物、そしてそれらの配置、お堀、石垣などの魅力が一層、浮かび上がって来るように感じられたことである。しかも、その場がまた作品に影響して、それらの作品が他の場所では発揮できないだろう真価を十二分に開示する。その時空に置かれてこその作品、或いはその時空そのものが作品なのである。そうした相互性によってオブジェと「場の力」同時に立ち上がってくる
以上のように無料ゾーンだけでも十分に堪能したし、暑すぎるからもう十分と思いはしたが、折角だからと思いなおして、600円を払って有料ゾーンに足を踏み入れた。するとその途端に目に入ったのが、またしても例のチェさんの別の作品で、それもまた異化効果を十二分に発揮していたが、そこには立ち止まらずに、「台所」と呼ばれる建物内部に足を踏み入れた。

するとそこでもまた、チェさんの作品にお目にかかることになった。「台所」の土間に寝かされた「涅槃」と題された巨大な大根らしいオブジェである。涅槃と大根がどうつながるのかよく分からないが、ともかく、白と緑という涼やかで単純な色彩のおかげなのか、爽快感があって、僕としてはチェさんの出品の中ではそれが最も気に入った。土間のひんやりした空気が暑さに苦しんでいた僕を救ってくれたからかもしれない。

土間に転がる巨大大根のオブジェに対して、履物を脱いで上がったところには、草間彌生さんの代名詞でもある「ドット」(水玉)柄の「無限の網のうちに消滅するミロのビーナス」が君臨し、さすがに濃厚な存在感を醸し出していた。
 チェさんの作品は三点と参加アーチストの中でも最多で、しかも、巨大、その上、その発想、色使いなどで格別の異彩を放っている。それに対して草間さんの作品は一点にすぎない。しかし、両者が出品作品全体において双璧をなすような存在感を誇っていた。
それはさておき、その建物内部で僕が最も感嘆したのは、外とは全く異なる爽やかな風が吹き込むだけでなく、長い軒によって外部の光が相当に遮断された微妙な暗さ、その両者が醸し出す静謐さだった。しかも、そのいかにも古風な和風の部屋の一つ一つに設置された多様な作品とその空間とが見事に調和している。時には、一見した際にはミスマッチという初印象を受けても、そうした否定的印象さえもが、すぐさま「新鮮な調和」なのだと評価が修正される。

一番印象に残ったのは、日本版の「鏡の間」である。日本のお城建築の中にフランスのベルサイユ宮殿の鏡の間が出現している。もっとも、フランスのそれとは規模も派手さも異なり、やはり日本の昔の木造建築の「粋」に見事に調和した「鏡の間」。しかも、床まで鏡だから、その上を歩くと床の鏡が壊れそうに思ってしまう。張り巡らされた数多くの鏡に映る自分自身の姿もそうだが、床のは単にその上に立ったり歩いたりする人間の姿を映すだけではない。僕らは鏡の上で、鏡の脆弱性に乗っかり、その毀損をもたらしかねない存在であると同時に、その基盤が脆弱なだけに、その上にいる僕らも存在そのものが脆弱であることに気づく。
その次の間の、夥しい髑髏が部屋中に散乱しているような作品、谷澤紗和子作「容」(2017)もなかなかに面白かったが、ここでは割愛する。

最後は、居住空間ではなく「櫓」と呼ばれる真っ暗な蔵のような建物で、その中に相当数のランプが展示されていた。夜の闇はそうでもないが、夏の昼間の闇というものは、涼やかで気持ちを落ち着かせてくれる。世間と隔絶した時空にいるような気分で、無数のランプの輝きを静かに眺める。ステンドグラスから差し込む光に神の存在を実感するのに似て、闇の中の押し付けがましくない光の佇まいに、自分の中にあるはずのピュア―な何かと対面しているような気になる。これを最後に見るように、観覧の順路までがとことん考えつくされているものだなあと、今さらながらに感心した。
帰路に遅まきながら作品紹介のパンフレットを開いたところ、一階では18台のガラスケースに入った電球が振り子のように揺れ、2階では山林で録音した風の音が轟いており、その音の強弱に照明が同期する仕掛けになっているとのことだったが、僕などはその暗闇の雰囲気だけで十分だった。しかし、再訪して、その真価を存分に体験してみる義務がありそうな気がする久門剛史作「風」(2017)。
この作品はもちろんのこと、今回は断念した京都芸術センターの展示を見るためにも、改めて足を運ばねばなるまい。不精な筆者にも、そうしたいと思わせる「現代美術の回廊」だった。

※ アジア回廊・現代美術展は8月19日から10月15日まで。料金は二条城会場が大人600円、高校生以下無料。但し、二条城の入城料は別途に必要。他方、京都芸術センター会場は無料。問い合わせ先:京都いつでもコール(電)075・661・3755