神戸映画資料館と日韓映画交流

展示物

 私たちが運営する神戸映画資料館は、2007年に開館して、今年で丁度10年目にあたる。筆者を含む映画同好の数名が1974年から大阪で私設のプラネット映画資料図書館を始め、そこで収集してきた膨大な資料を活用して、上映や資料活用を行っている。

日本には国や府県が設立した公的フィルムアーカイブはいくつか存在するが、私たちのような私的なアーカイブで、長期間活動しているところは数少ない。神戸市の長田区の、1995年に発生した阪神・淡路大震災で最も大きな被害を受けた新長田の大正筋商店街に沿って建てられた再開発ビルの中にある。
38席のミニシアター、カフェスペース,図書閲覧室などの公開スペースと、フィルム収蔵庫、そして映画関連資料収蔵庫などの非公開スペースから成っている。

シアターでは過去の珍しいフィルム作品から最近の若い監督が作ったデジタル作品まで、週末の金土日曜を中心に上映している。所蔵資料は映画フィルムの他に書籍、ポスターやチラシ等の宣伝材料、撮影編集録音映写等の機材、その他あらゆる映画関係の資料を集めている。
未整理の資料が多い中でフィルムについては数年前から調査が進み、およそ16,000作品が確認されている。収集フィルムの対象は特に定めておらず、フィルムなら何でも集めるのが収集の基本である。

当初は私たちの自主上映に活用できる無声映画や日本のアニメーションが中心だったが、次第に記録映画や個人が撮影したホームムービー、ピンク映画へと広がった。内容を選別することなく何でも集めた結果、他所には存在しないフィルムも多数含まれている。
例えば、韓国のフィルムなのに、韓国には残っていないフィルムもある程度含まれていることが分かり、韓国映像資料院や高麗大学からフィルム提供の依頼があった。

 最初に注目されのは、解放後の1946年から47年にかけて作られた民衆映画株式会社製作の『解放ニュース』だった。当時の韓国映像資料院の李孝仁(イ・ヒョイン)院長やそのスタッフが大阪に来られ、その複製を依頼された。解放60周年の記念としてこのフィルムを韓国で保存上映したいとのことであった。大阪の現像所であるIMAGICAウェストで複製作業を行い、韓国映像資料院に納品し、それが2005年のリアルファンタスティック映画祭(ソウル)で上映された。そのご縁で、同年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で私が担当した在日映画監督の作品を中心とした「日本に生きるということー境界からの視線」のプログラムに、李孝仁院長をお招きし、また『家なき天使』(崔寅奎監督、1941年)の35ミリプリントを韓国映像資料院からお借りして上映した。

 その次に依頼されたのは、韓国初の長編アニメーション『少年勇者ギルドン』(申東憲監督、1967年)であった。この作品は韓国では長らく見ることができない幻の映画であり、韓国映像資料院の新館のオープンの目玉として上映したいとのことだった。

作品の音声は韓国に保存されているが、映像が残っていないらしい。当方に現存するプリントは巡回上映用の16ミリプリントで、褪色した日本語発声版だったが、その16ミリプリントをお貸しして、韓国の現像所で16ミリから35ミリにブローアップした画面に韓国語音声を付して、ニュープリントを作成した。2008年には韓国映像資料館の新館への移転も完了し、リニューアル記念のフェスティバルが開催された際に、この韓国語版が初上映された。

さらに韓国には存在しなかった解放後の劇映画『鴎(原題・海燕)』(李圭煥監督、1948年)の35ミリプリントも発見したので、韓国映像資料院の収集担当だった鄭琮樺(チョン・ジョンファ)氏が来られた時に報告したところ、帰国後に検討して、すぐさま復元の申し込みがあった。

この作品は無声映画時代の名匠・李圭煥(イ・ギュファン)監督の解放後初の文芸映画で、韓国の有名女優・趙美鈴(チョ・ミリョン)のデビュー作でもある。2015年7月に韓国映像資料院でお披露目上映されたが、日本では東京国立近代美術館フィルムセンターと福岡市総合図書館で日韓国交正常化50周年を記念した「韓国映画1934-1959創造と開花」のプログラムの一本として上映され、その後、神戸映画資料館でも2016年に上映を行った。

神戸ではその同じ日に韓国映像資料院所蔵の無声映画『青春の十字路』(安鍾和監督、1939年)をお借りして上映、韓国映像資料院に在籍したまま京都大学に留学中だった鄭琮樺氏に解説していただいた。

 時系列では前後するが2013年のこと、東京大学博士課程に在籍していた丁智恵さんから、共同研究「韓国近現代映像史料収集及びデータベース構築」(韓国学中央研究院土台基礎研究/研究代表者・許殷)の研究調査員として韓国朝鮮関連の映像を収集しているので、協力して欲しいとの依頼を受けた。丁さんは康浩郎監督が大阪猪飼野で暮らす済州島出身の海女を追いかけた『大都会の海女』(1964年)を含む初期テレビ・ドキュメンタリーが描いた朝鮮のイメージについての論文を書かれており、康浩郎監督が高く評価する研究者だった。その研究は高麗大学韓国史研究所と韓国映像資料院の共同プロジェクトで、世界に残存する映像を収集して内容調査するのが目的で、日本での映像収集を任されていた。当方で所有する関連フィルムの目録をお渡しし、取捨選択の結果、該当するフィルムをデジタル化し、現在は高麗大学と韓国映像資料院の両者で活用されているはずだ。

 2015年からは、神戸大学大学院国際文化学研究科の板倉史明准教授が慶煕大学演劇映画学科の学生を受け入れて一週間に及ぶ講義や研修を行っているが、その一日を神戸映画資料館に於ける実習に当てている。それを引率するのが以前にお世話になった韓国映像資料院元院長の李孝仁教授だ。現在の学生はデジタル機材には詳しいがフィルムを触った経験がないので、映画フィルムに実際に触り、16ミリ映写機を操作して映写の体験をし、フィルム上映による映画を鑑賞するという実習である。フィルム映写の体験は全員初めての体験で歓声を上げて楽しそうだった。

 2016年には、日本で作られた新作3本が韓国DMZ国際ドキュメンタリー映画祭で初上映されたので、金稔万監督に誘われて見に行った。大阪の大川端にかつて存在した済州島出者の祈りの場と自分史を描く金稔万監督の『龍王宮の記憶』、前田憲二監督の『東学農民革命・唐辛子とライフル銃』、朴壽南監督の従軍慰安婦をテーマとした『沈黙』の3作品である。

2004年の富川(プチョン)国際ファンタスティック映画祭に日本の古いアニメーション50数本をお貸しした時にも感じたことだが、日本より映画祭の観客層が若く映画に対する熱い想いが伝わってきた。映画上映の合間を縫って韓国映像資料院と新たにオープンしたばかりの保存センターを見学させてもらった。
これまでフィルム現像を担っていた民間の現像所がすべて消滅したので、保存センター内にフィルム現像設備を新設して復元作業を行っている。近年主流になったデジタル映画の保存に対応した最新のデジタル機器も備えるという羨ましい施設だった。低温に保たれたフィルム保存庫には日本で復元した『鴎(原題・海燕)』も大切に保管されていた。

 今後も、幻の映画『アリラン』(羅雲奎監督、1926年)をはじめとする、今や見ることができなくなった映画フィルムを発掘したいが、一般のフィルムへの関心の低さから、情報は乏しい。また、フィルムは年々劣化が進行するので新たなフィルムへの複製が望まれるが、予算の無い民営アーカイブでは費用面で極めて困難である。そこで私たちは、神戸芸術工科大学が新たに導入した4Kスキャナーを活用して劣化寸前の貴重なフィルムを順次デジタル化している。しかし、データの安全な保存方法が確立していない現況があり課題は山積している。