私の歌もまた、この世界をより素敵なものにするための力になれたら…中上綾女さん

나카가미아야메 1

経歴:〔舞台〕英語ミュージカル劇団 Youth Theatre Japan の「Joseph And The Amazing Technicolor Dream Coat」でナレーター役(2014・2015)
「High School Musical」ガブリエラ役(2015)
一般社団法人 映画演劇文化協会のミュージカル「幸せな王子」つばめ役(2016)
ミュージカルライヴ「JOYFUL+plus」出演(2017)
ソロコンサート「Iris Blossom」開催(2014・2017)
〔テレビ〕
テレビ朝日の「モーツァルトへの道」(2016)、「音楽チャンプ」(2017)
受賞歴:全国拡大版ミュージカル・ワークショップ「集まれ!ミュージカルのど自慢」駒田一賞 受賞(2016)

ミュージカルの歌姫を目指すまで

一人っ子で、幼いころから歌と踊りが大好きで、人の前で自己表現していると幸せでした。両親はそんな私の思うがままに、習い事もさせてくれました。2歳から中学まで10年間ほど、絵画・工作を習いました。フィギュアスケートは小学校時代に1年間ほど。クラシックバレエも4歳から始めました。4歳の頃からミュージカルの公演に両親に連れられて通いだし、高校生の時に、本格的にプロを目指す決意をしたのです。

当時は、ダンスも歌もどちらレッスンを受けていました。特に中学生の頃までは、ダンスも得意!と自信があったのですが、高校1年から本格的に始めた歌のほうが得意だと自分でも感じ、周囲からもそう認められるようになって、ダンスはむしろ苦手になっていきました。ところが歌の方は、少しの努力で成果が出るという感じが強くなり、主役は歌い手なので、そんな役を演じることに対する憧れも強くなって、自分が得意な歌を磨こうと思ったのです。

大学で舞踊専攻を選んだ理由

芸大に進もうか、或いは、その他の普通の学科に進もうかと進路に悩んでいた頃に、神戸女学院大学の舞踊専攻の先輩たちの公演を見て、私はここで訓練を受けるべきだと思ったのです。コンテンポラリーダンスを主に学び、歌は一切ないのに、「そこに進めば、きっと何かが得られる、そこに行くべきだ」というインスピレーションが閃いたのです。ミュージカルの歌手になると決めていたのに、ダンス専攻の道に進むのは、遠回りです。でも、何故かしら確信があったのです。

そして大学に入ってみると、そのインスピレーションが正しかったことを実感しました。教授は技術的なことももちろん指導なさいます。しかし、踊り手の内面が踊りに出てくるのだと考えておられるので、内的なこと、イメージを高めるとか、情操を培うといったことのほうに比重を置かれます。ですから、レッスンは従来の固定観念を潰して、新たな自分を創っていく心身の作業、訓練といった感じで、すごく刺激的です。しかし、その反面、毎日、自分自身と向き合わねばならず、その作業は本当に辛いものがあります。

しかも、教授の指導に従おうとするのは不純ではないかという妙な気持ちも頭をもたげて、教授の指導に従順になろうとする自分に違和感、距離感を抱いたりもして、苦しむようなこともありました。自分が置かれた環境における絶対的存在に、それ対する反抗心のようなものでした。

それに、肝腎の歌の活動(後で詳述)と学業の両立の難しさもありました。ダンスの遅れを取り戻すのが大変でした。ダンスは好きで、教授も「筋がいい」とおっしゃってくれているのですが、やはり歌と比べると苦手だし、自分を律してひたむきに積み重ねるのがまだ苦手で、期待されているほどに順調には伸びない自分がもどかしくて。その部分を訓練で乗り越えていかねばならないのですが。ダンスをする仲間たちはたいてい個性がはっきりしていて、私自身もそうなので、そんな人間同士が折り合うことが難しいということもありました。

そんなことが相まって、進路選択の基になっていたインスピレーションが、ただの思い込みに過ぎなかったのではないかと、すごく不安になって、大学を辞めようかと思いつめたりもしました。私には妙なプライドがあって、他人に頼るのが苦手で、先生方や同期の仲間たち、そして家族に打ち明けることもできず、本当に辛い時期でした。もっと早い段階で心を開いて、いろんな人に相談すればよかったのにと、今では思っています。

大学外での訓練

歌のレッスンは学外で継続しています。高校1年から習っていた関西の先生に加えて、高校3年からは東京の先生の指導も受けるようになりました。月に1、2回は上京してレッスンを受けます。習い始めた頃にはもちろん、発声や身体の使い方を稽古しましたが、現時点での私の課題は表現・芝居、つまり「歌に心をのせて人に届けること」なので、そのためのレッスンが主です。「恵まれた私の耳」を最大限に活用して、自分の声に耳を傾けるように指導していただいています。

私は元来、喉が強くて、痛みを覚えたりすることはあまりないのです。発声の練習を積み重ねた結果、今ではすごくスムーズに声が出てきます。ひたすら歌って喉を鍛えるといったことも時には必要ですが、現在の私はその種のやり方はしていません。その一方で、歌をしっかり完成してから舞台に立つように努めています。舞台に上がれば、もっぱら無心になって、つまり、歌の中の人物になって歌うように心掛けているし、実際に、気が付けばそうなっている場合が多いのです。次の歌詞や音程が頭にあるうちは、まだまだ未完成だと考えています。

歌も舞踊も共通していることがあります。どちらも身体にしみ込むまで繰り返し練習したうえで、感性を磨くことが大切だと思っています。そのために、人と話したり、本を読んだり、芸術に触れるように心がけています。発声練習をして筋肉をほぐすことは大切ですが、声の筋肉を疲労させないように、不必要に声を上げるような練習はしません。発声については、既にある程度のレベルに達していると先生方に認めてもらっていますし、自分でもほどほどの自信があります。もちろん、まだまだ技術的に不足している要素は沢山あって、その方面の努力を怠ってはいないのですが、それ自体が本質的な問題だとは考えていないのです。先にも言いましたが、私の今の課題は、何よりも、表現・演技であり、心を歌に乗せて人に届けることなのです。

学外での活動

学外では、ソロのコンサートやいろいろなオーディション、そしてミュージカルの企画公演にキャスティングされて参加しています。仙台、東京、沖縄などでの公演で、年上の人々と一緒に舞台づくりをしながらひと月くらい、一緒にいろんなことを話し訓練していると、すごく充実感があります。
その一方で、テレビ番組の企画でプロを目指す人々の対抗戦に出たこともあります。私の紹介ビデオを放送していただいたり、得意な歌を歌わせていただいたりと、とても素敵なありがたい経験でした。その上、番組放映後にはSNSのフォローアーが急増し、Youtubeにあげている私の歌唱映像の動画再生数が急増したりと大きな反響がありました。

そのようにテレビを通して多くの方に私の存在を知っていただいたので、あくまで学生が本分である今の私にとっては、もう十分で、今はそれ以上のメディア露出は求めないことに決めました。自分のインスピレーションにしたがって入学した舞踊専攻の学生生活に比重をかけたいのです。当分は歌に関する活動は学校に支障がない程度に抑えます。両親や歌の先生方をはじめ、ミュージカルへの道へ後押ししてくださっている方々も、賛成してくださいました。
現在、3年生ですが、その春学期までは学外の公演に出演していましたが、今後は学外の活動は相当にセーブするつもりです。3、4年生では舞踏の「研究」という形が主となってきますので、残り1年半間は大学を優先します。

今後の展望

大学卒業後には改めて、ミュージカルの歌手の道を突き進むつもりでいます。迷いもありましたが、今では様々なことの整理がつきました。
ひとりの観客としてならば、戦争や平和などといった重いテーマのミュージカル、メッセージ性の強いもの、或いは、その正反対のもっぱらショー的なミュージカルが好みです。私は意思が強い方だと思いますが、素直でありたいし、なんだってひとまずは受け入れる柔軟な側面も備えているように思っています。人と調和するように努めながらも、自分というものをハッキリと押し出す、それが私の理想です。

あと2年足らず、まだうまくこなせていないダンスその他、懸命に学業に取り組むうちに、得ることがたくさんあるはずです。それこそが自分のインスピレーションだったので、それを信じてまっすぐに進むつもりです。もう、迷いはありません。
自分で言うのは気が引けますが、私は耳と声については恵まれていると思っています。例えば、英語でも音楽でも、文字や楽譜などの書かれたものからではなく、耳で理解して習得するほうです。自分が望む道への適正に恵まれるのは、あまり普通のことではないと思います。その意味では感謝し、それを磨いて人のために活用する義務があるはずです。生まれた時に授けられたその種の才能を今後も活かすように努力していきたいと思っています。

歌に関わる声や感受性はきっと両親が私に伝えてくれたものです。父は勉強熱心で器の大きい人で、ギターが趣味なんです。本当にギターが大好きで、幼いころから父の弾くギターを聞きながら育ってきました。他方、母は陽気で、その血筋には芸術的な才能に恵まれた人が多くいます。私もそんな両親の才能を受け継いでいればいいなあと思っています。愛にあふれた両親で、誰よりも私を信じ、応援してくれています。

いろんなことで悩んできましたが、今ではそのすべてに対して、覚悟ができて、対処の方法が分るような気がしています。自分が信じた道を歩もうと思っているし、それができるような気がしています。結局、自分のありかた、向きあい方、自分とは何か、それらのことで未熟なせいで、周囲の人々に余計な心配や迷惑をかけてきたのです。今後の学生生活の間、歌手として舞台の活動をセーブするように決めたのも、いつのことになるか分からないけれども、きっとその成果が現れてくるものと信じています。もう心が決まっているので、迷いも躊躇いとも無縁です。すぐにでも舞台に上がって活躍したいという欲望を抑え、学生生活を優先し、舞踏専攻で学べることを十分以上に吸収し、俳優としても人間としても厚みと幅を備えた存在になりたいのです。急がば回れ!です。私にとってこれが目標へ向かう近道なのです。

 歌、ダンス、芝居、アート、その他あらゆる芸術には、世界を変えるほどのパワーがあると信じています。私の歌もまた、この世界をより素敵なものにするための力になれたら、どんなに素晴らしいことか、そのために本気で自分を磨くつもりです。

インタビューを終えて。
このまだ幼い顔つきの小柄な体から、すごく成熟した何かが発散され、そのオーラに包まれてしまうような感じ。不安や躊躇いから脱け出したおかげなのか、浮ついたものではない何か、自分の進む道、天職に対する確信のようなものが伝わってきた。優れたシャーマンとでも対面しているような感触、芸術家というのは、地上と天井とをつなぐ存在だからなのだろう。舞台に上ることを抑制する1年半の禁欲の時期が終わり、鎖を解き放ってからの、まるで冬眠から覚めたような活躍の姿を是非とも見てみたい。歌で人と人をつなぎ、その絆が文化や国境を越えるような才能に対面した悦びだった。